Virtual Hitsuji House

インターネット羊小屋

二つの人生が交わり、世界が変わる / 古宇田エン「オレとあたしと新世界1」

 

オレとあたしと新世界1 (enigmaコミックス)

オレとあたしと新世界1 (enigmaコミックス)

 

攻:マコト / 小林誠(表紙左茶髪) // 土木作業員・ノンケ

受:しのぶ(表紙右黒髪) // ゲイバー店員・オネエ

あらすじ:

しのぶが店子をやっているゲイバーに、同僚につれられてやってきたマコト。どう見ても外国人にしか見えないその風貌に興味を抱いたしのぶだが、オネエとノンケではそもそも恋が始まるきっかけすら見えなかった。そんなある日、マコトが店に血まみれであらわれて…!?

表題作:オレとあたしと新世界1

その他の収録作品:描きおろし四コマ4P+描きおろしイラスト2P(カバー裏)

作品傾向:コメディ/ほのぼの/シリアス // ゲイバー/事故/体格差/ガテン系

 

普段どちらかといえば「特に深く考えずに読み進められ」、「一巻で完結する」、「なるべくスケベな」BL漫画を好んで読むのですが、この「オレとあたしと新世界1」はその対極にある作品でした。

表紙の絵の美しさに一目惚れし、設定を読むとガテン系の男とオネエの話だと書かれていたので即購入。元々洋画沼*1で見かけるようなリアル寄りというか描き込みの細かいタッチの絵が好きで、表紙だけではなく中身の描き方もすごく好き。

ガテン系がしっかりした身体つきをしている時点で最高なんだけど、主役二人の心理描写やキャラクター描写も丁寧。コメディとほのぼの・切なさがバランスよく散りばめられていて、ストーリーはかなり濃いのにとても読みやすかったです。

またこの主役二人がとても健気でまっすぐで、人間として魅力的で。あんまり「愛の話」を信じていないんですけどこれは「愛の話」だ……。

読み終わったあとには、まるで一本の映画を観ていたかのような気持ちになる、BL慣れしていない人にもオススメしやすい作品。

この先はストーリーのネタバレを含みます。

タイトルの通り、これはオレ(マコト)とあたし(しのぶ)が出会って始まる物語。

この物語は、2025年6月13日、病院で「百合子」と呼ばれる女性が看護師に呼び出され焦ったように走り出すシーンで幕を開ける。しかしその次のページを捲ると時は2014年の8月まで遡り、主役の二人が顔をあわせる場面――つまり物語の始まりがフラッシュバックの形式で語られはじめる。

同僚に連れられゲイバーにやってきたマコトに対し、その見た目から外国人だと思ったしのぶが英語で話しかけたのが二人の最初の出会い。それからマコトがしのぶの元彼が部屋に残していった棚を解体するのを手伝ったことで少し仲良くなり、メッセージのやりとりをするようになる。

そんな二人が次に顔をあわせるのは、血塗れのマコトがしのぶの店を訪れ「……ケータイ壊れた……今日はムリだ……」*2とだけ言って帰ろうとしたとき。明らかに誰かに殴られ怪我をした状態なのに、しのぶに「今日は餃子を食べに行くことができない」と伝えるため店まで会いにきた。

この時点で、仕事仲間の名前すら憶えていないマコトにとってしのぶが他の人間とは少し違う存在であることがわかる。そんなマコトを追いかけ、向けられた拳を片手で受け止め静かに「わかった。まずご飯食べましょ。空腹だから腹立つのよ」*3というしのぶのまっすぐな瞳。手当てを受け、胎児のように身体を丸めて寝転がるマコトの瞳から流れる涙と、それを見ても本人が言わない限りそれ以上追及することはせず「泊まってくんでしょ」*4といつものようにふるまうしのぶ。

全てを吐露できるほど近しいわけではないけれど、確かに信頼関係があって、お互いのことを思っている描写がもう最高。そしてその後にマコトの「男とヤるってどんな気分なんだ?」*5という疑問に対する答えとしてのキスシーンがくる。

キスする前の少し何かを考えるようなしのぶの表情とか、目を閉じたときにわかる睫毛の長さとか。マコトに着せた二つ前の元彼のシャツを遠慮なく引っ張る手の骨ばった感じも、しのぶが爪先立ちすることで強調される二人の体格差も本当に好き。

好きっていえば、いつの間にか普通に家に泊まっていくようになったマコトに対するしのぶの「もう――ホント バカよね」*6もその一言に「好きだという感情」とか「大切に思う気持ち」とか「子供に対するしょうがないなあみたいな気持ち」とかいろいろ滲み出ていて好きだし、そんな思いを知ってか知らずか、しのぶが嘘をついていると言われたマコトが「あいつが友達に嘘つくわけねぇだろ!!!」*7と他の客につかみかかるシーンも、マコトがしのぶを友達だと思い信じているのがすごく伝わってきて大好き。

「日雇いだからこの人間関係もあと少しで終わる」と思っているような人間が友達と呼び友達だから嘘をつくわけないと啖呵をきるまで信じているのヤバくない?ヤバい……男同士の強い感情……好き……。

それからなんやかんやあって二人は付き合うようになって、ゲイバーのみんなと海に遊びに行った帰りに自動車事故にあうわけなんだけど。バスのなかで交わした「あんたが起きた時に本名教えてあげるから」*8という約束を最後に昏睡状態になってしまったしのぶ。

勘当状態だったのか、十年ぶりに再会した昏睡状態の息子を前にした母親・百合子の怒りの描きかたもすごく誠実(ステレオタイプだけどドラマチックすぎないというか)だし、そんな百合子に「しのぶに会わせてほしい」と頭を下げるマコトの姿と「約束」を待つと告げたときの横顔で泣いてしまった。

それから十年経ってしのぶが目覚めたところで1巻は終わるのだけれど、二人が出会って、事故にあって、大切な人が欠けた状態で十年過ごして、マコトとしのぶの世界が姿を変えていくのがとても読みごたえがあるし、続きがあることがとても嬉しい。

あまりBLを読んだことがない人や、過度な濡れ場は得意ではないという人にでもオススメできる素敵な作品です。

 

 

*1:外国映画を愛するオタクが生息する広くて深い場所。

*2:古宇田エン、「オレとあたしと新世界」、オークラ出版(2017)電子版、P.27

*3:P. 28

*4:P. 31

*5:P. 32

*6:P. 42

*7:P. 45

*8:P. 62