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インターネット羊小屋

不死者として生きること Netflix Original: The Old Guard

最高の映画を観た。

シャーリズ・セロンが不死者の傭兵役??わーい!観る!!!ぐらいの軽い気持ちで観始めたら、完膚なきまでにやられてしまった。最終的に「うう……」とか「ああ……」みたいな情けない声を出して何度か途中で再生を止めながら、なんとか最後まで観終わった。

いまこれを書きながらまた再生ボタンを押しているが、OPの時点で感極まって涙ぐんでしまっている。すっかり心がめちゃくちゃになってしまった。

(これは2020/07/12にnoteに載せた記事の転載です)

 

 

 

作品情報とあらすじ

The Old Guard (2020)は、グレッグ・ルッカとレオナルド・フェルナンデスのグラフィックノベルを元に、ジーナ・プリンス=バイスウッドが監督したNetflixオリジナルのサスペンス・アクション映画だ。

何世紀もの間、ひそかに人類を守ってきた4人の不死身の兵士たち。だが、その特殊能力を知った謎の組織が、私利私欲のために彼らを狙い始める。*1

というのがNetflix公式に書かれているあらすじ。視聴前、他の情報なしにこれだけを見て「愚かな人類 vs. 超人のエクストリームバトルものか~」というイメージをしていたのだが、予想を裏切られてしまった。もちろんいい意味で。

 

実写映画として  

この映画を撮るにあたって、映画化の権利を手に入れたスカイダンス・メディアが一番に望んだのが「女性監督であること」。原作者のグレッグが担当した映画の脚本を読んだグラフィック担当のレオナルドのコメントがこちら。

“The Old Guard” writer Greg Rucka also wrote the screenplay. “I love the way that dude’s mind works, the fact that he creates these women in the comic book space who are just bad-ass and warriors, but not hyper-sexualized and all of that was in ’The Old Guard,’ in addition to the fact that one of these two female leads was a young Black female hero, which we never get to see and absolutely need to see,” Prince-Bythwood said. “Within five pages of reading, I was in.
(私はグレッグの作品に対する思いや向き合い方が大好きです。そして彼が漫画のなかにワルで戦士でありながらセクシー過ぎない女性たちを生み出していること、このオールドガードという作品にそんな彼の思いの全てが込められていること、そして二人の主演女性のうちの一人が若い黒人女性であることも。……特に3つ目に関しては未だかつてなかったことで、彼女は今私たちが目にするべきヒーローです。5ページ読んだだけで言いました。やろう、と。)*2

もう撮影始まる前からめちゃくちゃ信頼できる……。

ちゃんと原作を読み込んで、原作者が脚本にも関わって、配給会社も監督の前の作品を観て「この人ならただのアクション映画ではなくドラマのあるアクション映画を撮れるはず」とオファーして。すごくちゃんとしている。

始終黒のタンクトップ一枚とデニムで戦うアンディもナイルは、セクシーだけど「male gaze」を通して描かれるセクシーではない。めちゃくちゃ格好いいし、あの格好のシャーリズ・セロンに斧を持たせた人は天才だと思う。

 

不死者たち

私の心がめちゃくちゃになってしまった理由を書くためには、まず本作のメインキャラクターである不死者たちについて触れなくてはならない。

なるべく作品の根幹に関するネタバレは避けるが、ネタバレは一切見たくない・自分のインプレッションを大切にしたい人はここで読むのをやめてとりあえず映画を観てほしい。

・Andromache the Scythian (スキタイのアンドロマケ)

 シャーリズ・セロン演じるアンドロマケ(通称アンディ)は、不死者たちを率いるリーダーだ。

不死者としては一番長く生きており、彼女の正確な年齢を知っている者は誰もいない。仲間から “That woman has forgotten more ways to kill than entire armies will ever learn. (彼女はこれまでそこら辺の兵士たちが生涯で学ぶよりも多くの殺し方を忘れてきているよ)”と言われるぐらい高い戦闘能力と知識を持つ最強の戦士。

 

・Sebastien le Livre (セバスチャン・レ・リーヴル)

マティアス・スーナールツ演じるセバスチャン(通称ブッカー)は、不死者のなかでは四番目に若い(と言ってもナポレオン時代のフランス兵だった)。なんであだ名がBookerなんだと思ったら、Livreはフランス語で本のことなのか。

不死者たちの参謀ポジション。これ多分他にも言ってる人いっぱいいるだろうけど、ザ・マティアス・スーナールツ!って感じのキャラクターじゃない?そんな目でこっちを見るんじゃない……その乱れ髪は私に効く……。

 

・Yusuf Al-Kaysani (ユスフ・アル=ケイサニ)

マーワン・ケンザリ演じるユスフ(通称ジョー)は第一回十字軍でイスラム教徒側の兵士だった。最近どこかで見たなと思ったらアラジンのセクシージャファーの人!

彼はもう一人の不死者ニッキーとそれはもう深い縁がある。まだ四半世紀しか生きていない私は、まだ彼らの関係を言い表す言葉に出会えていない。グループ内のムードメーカーで「ロマンチスト」である。

 

・Nicolo di Genova (ニコロ・ディ・ジェノヴァ)

ルカ・マリネッリ演じるニコロ(通称ニッキー)は、第一回十字軍でキリスト教徒側の兵士だった。そう、ジョーと何度も殺し合いながら生きてきた不死者が彼である。

本作ではジョーとニッキーがゲイロマンスの関係にあることが明確に描写されていて、彼らのキスシーンを削らないことが映画化に際しての条件の一つだったとか。*3

腕の立つスナイパーとしての一面もあるが、ジョーと二人で生き、二人で戦ってきたんだなという感じの立ち回りや目配せが最高。

 

Nile Freeman (ナイル・フリーマン)

キキ・レイン演じるナイル(通称ナイル)五人目の不死者。もうずっと新しい不死者は生まれていなかったのに、アンディたちのことを狙う科学者が現れたのと時を同じくして生まれた新しい不死者だ。

アメリ海兵隊の伍長で、これまでたくさん過酷な戦闘訓練を受け戦地に赴いてきた。この映画でこの俳優さんを知ったのだけれど、「定命者」の価値観や感覚をすぐに捨てられず戸惑い、悩み、傷つきながらも前に進み続ける彼女がいるおかげで観客が置いてけぼりにならずに済んでいる気がする。

 

ガッツリネタバレ大好きポイント

Spoiler Alert!】ここからは本編の台詞を引用したり、公式Twitterで紹介されていないキャラクターに言及したりするのでまだ映画を観ていない人はまず映画を観たほうが作品を楽しめると思います【Spoiler Alert!】

①不死者の設定

この映画はアンディたち四人が銃弾でハチの巣にされて死んでいる場面からスタートし、その後でそこに至るまでの流れの回想を見せる。不死者だと知っていても、主人公たちの無残な死体のアップから始まる映像は衝撃的だ。

不死者はいつ、誰が、どうしてなるのかわからない。突然、死んだはずの人間が生き返るのだ。そして死にはしないが痛みは普通に感じるし、生まれたての場合は蘇生するまで時間がかかる。そして不死の力はいつか終わりを迎える。その理由も、きっかけも明らかになっていない。
新しい不死者が生まれるとき、他の不死者はそろってその人が死ぬ瞬間を夢に見る。人によっては「首を切られる感覚がした」と言っているから、その死を体験すると言うほうが正しいのかもしれない。

その不死者たちが、もう何百年(もしくはそれ以上)人間の世界を「少し良くする」ために動き続けているの、すごくない?不死だけど撃たれたら痛いし血が出るし、損傷が大きければ蘇生まで時間がかかるし。もしかすると明日が自分にとって最後の日かもしれないのに、無関係の人間のために戦いに身を投じる。

最初にナイルがセーフハウスを訪れたときに口にした「Are you good guys or bad guys?(アンタたちはいいもの?わるもの?)」という問いにジョーが「Depends on the century(何世紀かによって変わるな)」って答えたところも好きだった。不死者たちは「自分たちがいいと思ったほう」に加勢してきただけで、それを正義だとも自分たちを善人だとも言わない。

②万能ではないゆえに泥臭いファイトと容赦のない人体破壊

不死者は死なないが負傷する。彼らの戦士としての練度は定命者の兵士たちよりもずっと高いが、撃たれれば血を流すし致命傷を与えられれば一度死ぬ。なのでめちゃくちゃたくさん人体破壊の描写があるし、それが再生していく様子も見られる。死なないというだけで、戦闘描写がどこまでも人間臭いのだ。

とくに後半。アンディが巨漢の傭兵と一騎打ちするシーンとかめちゃくちゃよかった。あのシーン観てて、Atomic Blondeの美術館での戦いを思い出した。肉と肉がぶつかりあう戦いって感じの戦闘。

あと現代の重火器を使う戦闘とは別に斧とか本来なら博物館に飾られ手もおかしくないんだろうなっていう感じの棒で戦うのもいい。なんならみんなそれぞれ自分の時代の武器を使ってるときのほうが強いのが最高。

不死者として赤ちゃんのナイルが海兵隊出身なので部隊としてすぐに動けるのも面白かった。立ち位置的には不意に異能力に目覚めてこれからクエストに向かう冒険物の主人公なんだけど、すでに練度が100ぐらいある。最高。

③不死者たちの関係性

私は「関係性」が好きだ。不死者たち、もうずっと何世紀も一緒にいて、でもお互いしかいなくて。永遠のようで刹那的とでも言えばいいのか?

アンディとクイン

まだ映画を観ていない人にとっては突然クインって誰?という感じだと思う。

クインはアンディの次に古い不死者で、他の仲間が生まれるまでずっとアンディと二人で生きてきた大切な存在。クインがアジア人なのめちゃくちゃ嬉しくて泣いちゃった。今作で初めて出会ったけど、ベトナム人のゴー・タイン・ヴァン(英語名はヴェロニカ・グゥ)っていう俳優さん。ありがとう……その世界に居場所を与えてくれてありがとう……。

16世紀頃、アンディとクインは魔女裁判にかけられてしまうんだけど、なにをやっても死なないし、彼女たちの心は折れない。薄暗い檻のなかでボロボロになった二人が微笑みあいながら口にする台詞がこれ:

Quynh: Just you and me.(二人だけで)
Andromache: Until the end.(最期まで)*4

「死が二人を別つまで」をここで!?!?!?

そんな……毎日どんなひどい目にあわされても「あなたが隣にいれば大丈夫」をここで!?!?!?このときの二人の笑顔、本当にお互いを大切に思っているのが伝わってきて最高。

・ジョーとニッキー

私、あんまり「とってつけたようなロマンス」が好きではなくて。「いや今そのロマンスシーン絶対いらんやん?」みたいな唐突なキスシーンみたいなやつ。

この映画にも、一度だけキスシーンが存在する。ニッキーのキャラクター説明のところで触れた、原作者たちが絶対に削らないでほしいと言ったジョーとニッキーのキスシーンが。

セーフハウスにいたところを襲撃され、拘束された状態で武装した男たちに囲まれ車に乗せられたジョーとニッキー。意識のないニッキーを気に掛けるジョーを見て、男たちの一人が「コイツはお前のボーイフレンドか?」と馬鹿にする。その言葉に対するジョーの返事が本当にすごい。

Joe: He is not my boyfriend. 
(彼は私のボーイフレンドではない)
This man is more to me than you can dream.
(彼はお前が夢見る以上に私にとって大切な存在だ)
He's the moon when I'm lost in darkness and warmth when I shiver in cold.
(彼は私が暗闇で迷うときに照らしてくれる月であり、寒さに震えるときの温かさだ)
And his kiss still thrills me, even after a millennia.
(そして彼のキスは千年の時を経てもなお私をドキドキさせてくれる)
His heart overflows with the kindness of which this world is not worthy of.
(彼の心はこの世界には勿体ないほどの優しさであふれている)
I love this man beyond measure and reason. He's not my boyfriend.
(私はどれくらいとかどうしてかなんて関係ないほど彼を愛している 彼は私のボーイフレンドではない)
He's all and he's more. 
(彼は私の全てで、それ以上だ)*5

アクション映画みたいに力と力がぶつかりあう物語では、話の根幹だったり登場人物の判断基準やふるまいがマスキュリニティに依存することが多い。この傭兵たちの台詞も、軍隊というホモソーシャルでお決まりのホモフォビア全開のもの。

そんな相手に対して、ジョーが淡々とこの台詞を口にする。そしてそんなジョーを見つめて、ニッキーはたった一言こう返す。

Nicky: You're an incurable romantic.(きみはどうしようもないロマンチストだな)*6

incurable romantic?????試験に出る英語表現として全ての参考書に載せたほうがいい。

この一連のやりとりの後のキスシーンがまたいいんですよね。九百年の愛。周りの兵士たちも完全に二人の世界に飲まれているから、我に返るまで二人を固唾をのんで見守っている。

ちなみにニッキー役のルカがインタビューで「この映画でのゲイのキャラクターの描き方についてどう思う?」と尋ねられたときには、こんな返事をしている。

I’m very proud of the way we are representing this amazing love. The big question in my mind was how to represent this love that is still there after 900 years. We cannot sense or experience it. We can be together for 60-70 years if we are lucky, but 900 is beyond love. It’s just soul. And as you said, this wonderful monologue is an answer to the vulgarity of a soldier: there is everything in it. All the answers that I needed as an actor to understand how deep their connection was were there. (私は私たちがどのようにこの素晴らしい愛を表現しているかということを誇りに思っています。私が最初に頭を悩ませたのは、900年経ってもなおそこにあるこの愛をどう表現するかということでした。感じることも、体験することもできません。運が良ければ60-70年ほど一緒に過ごすことはできるでしょう……でも900年は愛を超えています。それはもう魂のようなものです。それにあなたがおっしゃったように、ジョーのこの素晴らしいモノローグは下品な兵士への答えなんです。そこには全てがある。私が役者として彼らの深いつながりを理解するために必要としていたものは、全てそこにあったんです。)*7

このシーンを脚本に組み込んだ作者も、それを絶対に外さないと約束した監督も、ジョーとニッキーを演じた二人も、みんなすごく真摯にこの二人のキャラクターや愛そのものと向き合っているのがわかってまた涙が出る。

最近の作品では同性愛のキャラクターが出ること自体は珍しくない。でもロマンスが作品の主題でないのにそのキャラクターたちのロマンスをここまでちゃんと描いているものはまだ少ないのが現状なので(クィア・ベイティングで検索!)、めちゃくちゃ感動した。

だっていつもなら「エッセンスは用意しといたからあとはfanfictionでやって」って感じ(穿った見方に巨大主語)なのに……すごい……。

・アンディと薬局の店員さん

自分の怪我が治らなくなっていることに気付いたアンディが、一人で向かった薬局で店員さんに応急処置を手伝ってもらうこのシーン。

Andy: You haven't asked.(……何も聞かないの?)
Woman: Your business is yours. You need help. What does it matter why? Today I put this on your wound. Tomorrow...... you help someone up when they fall. We're not meant to be alone.(あなたの問題はあなたのもの。あなたは助けが必要。そこに理由は関係ある?今日は私があなたの傷にこれを貼る。明日はあなたが倒れた誰かに手を貸す。人は孤独じゃない。)*8

こういう人がいるから、アンディたちは人間を諦めないのかなと思わせるような店員さんとのやりとり。愛する人も、大切な仲間も見送ってきた不死者に名前も知らぬ定命者が送る言葉がWe're not meant to be aloneって。

・ブッカーとなかまたち

仲間を裏切ったブッカーへの処罰は易しいものではない。

百年間の孤独。それがどういうものなのか身をもって知っている仲間たちが彼に科した罰。全てが自分一人を置いて移り変わっていき、そんな世界で「自分と同じ」仲間と顔をあわせ言葉を交わすことを禁じられる。それはきっと想像もできないくらい辛いことなのだろう。

個人的にはブッカーがあんな寂しそうな眼をしたマティアス・スーナールツの時点で裏切りの予感しかなかったので、キャスティングのこだわりを感じる。

 

④未だに名前のわからないコレ

 
 
 
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キウェテル・イジョフォー演じるコプリーが作った壁になんか捜査用の資料がいっぱい貼ってあるやつ。未だに名前は知らないけどウェビング(Webbing)と呼ぶらしいが、好きなので嬉しい。

ちなみにコプリーの配役もブッカーの裏切りフラグと同じくらい、いい人ゆえの寝返りフラグが立っていた気がする。

おわりに

どうしても一人で抱えることができず、衝動的に書き散らしてしまった。まだ感情をまとめきれない。でも、この作品を今観ることができてよかった。

十字軍あたりの歴史の知識があまりないので、これを機に勉強しなおそうと思う。あとロシア語。いつロシア語で「死んだふりをしろ」と言われても大丈夫なように。

(私のNetflixに日本語字幕が実装されていないので上記の台詞の日本語訳は全て私の意訳です)



*1:Prince-Bythewood, Gena. “The Old Guard.” Netflix Official Site, 10 July 2020, www.netflix.com/au/title/81038963

*2:Malkin, Marc. “'The Old Guard' Director Gina Prince-Bythewood on Casting KiKi Layne.” Variety, Variety, 11 July 2020, variety.com/2020/film/news/the-old-guard-director-gina-prince-bythewood-on-casting-kiki-layne-1234703876/

*3:Malkin, Marc. “'The Old Guard' Director Gina Prince-Bythewood on Casting KiKi Layne.” Variety, Variety, 11 July 2020, variety.com/2020/film/news/the-old-guard-director-gina-prince-bythewood-on-casting-kiki-layne-1234703876/

*4:Malkin, Marc. “'The Old Guard' Director Gina Prince-Bythewood on Casting KiKi Layne.” Variety, Variety, 11 July 2020, variety.com/2020/film/news/the-old-guard-director-gina-prince-bythewood-on-casting-kiki-layne-1234703876/

*5:Prince-Bythewood, Gina, director. The Old Guard. Netflix Official Site, 10 July 2020, www.netflix.com/au/title/81038963

*6:Prince-Bythewood, Gina, director. The Old Guard. Netflix Official Site, 10 July 2020, www.netflix.com/au/title/81038963

*7:A 900-year gay romance in “The Old Guard” https://epgn.com/2020/07/07/a-900-year-gay-romance-in-the-old-guard/

*8:Prince-Bythewood, Gina, director. The Old Guard. Netflix Official Site, 10 July 2020, www.netflix.com/au/title/81038963