Virtual Hitsuji House

インターネット羊小屋

文化としての夢創作と記録

 

virtualhitsuji.hatenablog.com


この記事で「夢創作は文化としての記録があまり残されていない」と書いたあとで、「夢創作に言及している出版物(書籍や論文等)」を自分が実際どれくらい観測できているのか気になったので整理してみる。

 

 

読んだもの

腐女子と夢女子の立ち位置の相違 / 吉田栞、文屋敬

本稿で対象とする腐女子および夢女子は,受け取る側からイメージを共有
できないと宣言された〈告白〉を持つ少女たちである。腐女子は「私」の存在を消し、男性キャラクター同士による同性愛的関係を愛好しているといった〈告白〉が一般的な少女コミュニティにおいては共有されないものだということを理解している。だからこそ「共有されないなら、それで構わない」と個々の世界を作り上げた。それとは反対に、夢女子は「共有できないなら、できるようにすればいい」と独自の機能を用いることで現実世界と二次元の世界を繋げた。それは夢女子が「私」という存在を中心にすえた関係イメージを保有していたからである。*1

少女たちが<告白>を通じてイメージの共有を行うことでコミュニティと繋がっているという前提で、コミュニティから排除された結果「私」という存在を廃した「腐女子」と「私」を中心に据えた「夢女子」を比較し、それぞれの物語に対する「私」をどう位置付けているかを女性性が「眼差される性」であることに関連づけて論じた2014年の論文。
この中で夢女子は「「私」と男性キャラクターによる異性愛的関係を築くことを好む女性たちのことである」*2と定義され、「不特定の人物との「一対一」の関係を築く物語である」夢小説世界で「私」が存在を確立するとき、「キャラクターのポジションを模倣することで存在を確立させる手法」「キャラクターとの「成り代わり」という手法」のどちらかの方法がとられているという。*3
論文のテーマが少女のコミュニティであり、シスヘテロ女性の恋愛に関係する夢小説に限定されているため、いわゆる「世界観夢」や「BLD」などの存在への言及はみられない。
そもそも「夢女子」と「腐女子」は対立するものではないのだけれど、それはここでの論点ではないので仕方がない。 

 

異投射・虚投射の発生と共有: 腐女子の妄想と二次創作を通じて / 久保(川合)南海子

作者が作り出したものを、読者は読者の目で見る、両者は同じものを見ているが、その見え方はそれぞれ違っている。そのような心の働きは投射(プロジェクション)と呼ばれる心的過程の一つである (川合, 2018)。
(中略)
たとえば、既存の物語から別の物語を派生させることはプロジェクションが不可欠であると考えられる。なぜなら派生作品は既存の作品を、そのまま認識するのではなく、別の物語として見る、すなわち異投射や虚投射という過程が含まれるからである。*4

腐女子がどのように男性キャラクター同士の関係性を見出し、恋愛二次創作を生み出すのかについて認知科学の中でもとくにプロジェクション科学の観点から論じた2019年の論文。この論文内において「夢」はこのように定義されている。

3) 例外的に、自分自身が登場する願望的空想の二次創作として「夢(ドリーム)」と呼ばれるジャンルがある。芸能人やアニメのキャラクターなどを対象に願望的空想が展開される作品の中で、ある特定の登場人物に読者が自分自身の名前などを自由に入力できるようにした二次創作がそれにあたる(たとえば,アニメのキャラクターである C が読者自身の名前がついたヒロインとひょんな事から出会って特別な好意を寄せてくる、といった小説など)。この場合,ある特定の登場人物を全てその名前で表記させるという操作が必要になる。そのため、CGIJavaScript を使った「名前変換機能」(吉田・文屋, 2014)などが可能なウェブサイト上で閲覧する作品として作成・発表されるものが多い。*5

腐女子の妄想や二次創作が「願望(自分が好ましい読み替えをおこなっている)や没入(読み替えをおこなうくらい熱心に向き合う)を含みながらも、自身はその妄想に不在である」のに対し、夢は「自分自身が登場する願望的空想の二次創作」として扱われているのかな。

既存のキャラクターや設定などを利用して空想を楽しむのは腐女子だけではない。誰しもが多かれ少なかれ勝手な空想をしたことはあるのではな
いだろうか。腐女子の妄想(異投射)が他の空想とは異なる特徴を明確にするために、既存のキャラクターや設定などを利用した他の空想事象と比較する(表 1)。比較する空想事象は、以下の 3 つである。(1) 腐女子の妄想。(2) 自分自身が登場する願望的空想(たとえば、ある男子高校生自身が「担任の若い女性教諭から自分だけ放課後の誰もいない教室に呼び出され、特別な好意を告白されて親密な間柄になる」、などと想像して楽しむ場合)。(3) 物語世界に入りこむ代理的な疑似体験としての空想(たとえば、ファンタジー冒険小説を読んで自分が世界を救う主人公になりきった仮想状態に没入する場合)。*6

あとはこのあたりの話が「夢創作」の話をするときに切り離すことができない「自己投影」について考える際に役立ちそう。ただこの論文で初めて「プロジェクション科学」という言葉を知ったぐらいなので、もう少しこの分野そのものの知識がほしいところ。

このへんとか。この論文の文献を見ると、「腐女子」にまつわる資料はたくさんあるのに「夢女子」に関する資料が先に上げた「腐女子と夢女子の立ち位置の相違」だけなのが(主題ではないとはいえ)つらいね。

 

Magical Me: Self-Insertion Fanfiction as Literary Critique / Melody Strmel

scholarship.claremont.edu

「Self-insertタイプのファンフィクションは、自己を媒介とすることで作者の内面と現実世界に対する認識を反映する文芸批評として読みとることができる」という2014年の論文。

Self-insert fic happens when the author inserts themselves into a story or its universe, either directly or through a character avatar. *7

自己挿入型フィクション*8作者が物語やその世界に自分自身を直接、もしくはキャラクターのアバター越しに挿入することで生まれる。

Today readers often question the place of their interpretations and interactions with their beloved texts. Self-insert fanfic is, among any other things, a way to reconcile a reader's experience and interpretation of a text and its bearing on their own life. *9

今日、読者はしばしば自分の解釈や愛すべき物語との向き合い方を考えている。自己投影型のフィクションは、何よりも、テキストに対する読者の経験や解釈と、読者の人生をうまく繋げ関係させていくものである。

S/Iフィクションにおける「キャラクターとしての自分」の構築の話とか、物語に作者自身を挿入することでより「作者がどう物語を受容、解釈したか」が直接的に提示されるようになる話とか(ざっと読んだだけだからちょっとニュアンスが違うかもしれん)。

There are two main types of author avatars used in self-insertion fanfiction. Some characters more or less resemble their author, with a few differences in background or ability that allow them to fit into the setting and characters. Others represent a mixture of the person the author perceives themselves to be and the person the author wishes they could be like. *10

自己挿入型フィクションで用いられるアバターには、大きく分けて二種類があります。一つ目は、多かれ少なかれ作者に似ているが設定やキャラクターにあわせるために設定や能力を変えているもの。もう一つは、「作者が認識している自分自身のイメージ」と「作者がこうなりたいと思っている人物像」が混ざっているもの

The term OC is an abbreviation of Original Character. An original character is any character a fanfiction author introduces that does not exist in any of the source material. An original character can be as innocuous as a nameless waiter who delivers one line to the main character of the fanfiction. *11

OCとはオリジナルキャラクターの略語である。オリジナルキャラクターとは、ファンフィクションの作者が登場させる原作には存在しないキャラクターのことだ。オリジナルキャラクターには、ファンフィクションの主人公に台詞を言う無名のウェイターのようなものも存在する。

このあたりの話が「夢主」の概念に通じるものがあるな~。というかS/Iフィクションが盛り上がっても名前変換機能が日本ほど定着しなかったのはやっぱり個人サイトか投稿サイトどちらが主流だったかの違いなのかな。

S/Iフィクションの話になると必ず出てくるメアリー・スーの掘り下げ方がとくに面白かった。何故メアリー・スーがファンダムで嫌われ、馬鹿にされるのか?何かにつけて「メアリー・スーだ!」と馬鹿にするが、それは本当にメアリー・スーに当てはまるのか?みたいな。凄く乱暴な言い方をすると「最強夢主」がネタ消費されやすいことに通じるものがあるな~と。

あと「X-File」や「Star Trek」、「Buffy the Vampire Slayer」以外にも「Harry Potter」シリーズの有名な二次創作である「My Immortal」や「Like the Rain」みたいに比較的新しい二次創作を例に挙げているのがよかった。

 

<リサーチノート>オタクが抱くメタステレオタイプについて:インタビュー調査による探索的検討 / 田島綾乃

hdl.handle.net

「オタク」が「オタクではない人」からどう思われていると考えているのかを調査する目的で書かれたリサーチノート。

ネガティブな言葉でメタステレオタイプが語られる一方で、オタクではない人が思い描くオタク像と自己とが乖離しているという語りも得られた。A さんは、オタクではない人が思い浮かべる女性オタクと実際の女性オタクの姿には乖離が生じていると考えている。以下の語りは、それを示すものである。
A:乖離している…普通の人が思い浮かべるオタクっていうのは、どっちかっていうと、めちゃくちゃ雑な例えなんですけど、例えばあんスタ5)とか見て、あーかっこいいみたいなことを言ってる像を思い浮かべるのかなって…だから、すごいわかりやすいビジュアルのいいキャラクターがいて、そこに対してかっこいいみたいな、どっちかというと夢女子的発想のオタク?じゃないですけど…(それを)思い浮かべるパターンが多いんじゃないかなって…〇〇くんかっこいい…みたいな、なんか、っていうのがざっくりしたイメージです。(A : 20 代女性)
A さんは、女性オタクを例に挙げ、女性オタクであればみな「〇〇くんかっこいい」といった夢女子志向があると思われていると感じている。しかし、A さんは作品のシーン 1 つ 1つに対して、伏線があると考察したり、さまざまな解釈を行ったりすることで、作品に対して愛を注いでいる。彼女は、夢女子のようにキャラクターに対して恋をするといったような作品への関わり方ではないため、女性オタクをそのようなイメージで一括りにして語られることに対して、違和感を持っていると考えられる。また、腐女子やオタクを題材にした映画を例に挙げ、典型的な描かれ方をしていると語っていた。*12

ちなみにここでいう「夢女子」とは「男性キャラ・アイドルに対して実際に恋をしている女性オタクのこと」を指すようだ。*13

本文中で指摘されている通り限られたサンプル数の(七人)のうちの一人の意見ではあるが、まあTwitterで時々見るやつだ~って感じ。

 

現実の3つの側面:オンライン空間とアイデンティティ形成 / 成田康昭

doi.org

インターネット上でのコミュニケーションが若者のアイデンティティ形成にどんな影響を与えるのか調査した論文。

ここでもう一つのケースをみてみたい。これは、日本の現在の若者のインターネットによる関係形成を記録したケースであり、立教大学社会学部の卒論として提出された。Twitter を中心とする、インターネット・コミュニケーションのモノグラフ研究として書かれ、女性である執筆者本人と、ネットで知り合ったある女性とのほぼ半年にわたるやりとりを、参与観察的に記録した優れた論文である。執筆者本人の同意を得て参照し、また重ねて執筆者(現在は社会人)へのインタビューも行った。

Aはインタビューで、「オタク女子は、大きくは「ドリーム系」と「腐女子系」(ヤオイ系)に分かれる」と説明した。ドリーム系とは、ドリーム小説」という、ウェブ上で公開され、特定の登場人物の名前を読者が自由に設定して読むことのできる小説を好む女性である。*14

立教大社会学部で2010年に書かれた卒論を取り上げた部分。執筆者名は非公開だが、執筆者とその友人がハマっていたドリーム小説の構造を持った音声ドラマ」や、彼女たちが行っていた「ゆめいぷ」について語られている。

全く知り合いでなかった二人が「ヤンデレ好き」として Twitter 上で相互フォローとなったのが 5 月末である。「ヤンデレ」とは『ヤンデレ天国(ヘブン)』というドラマ CD7)のことであり、聞き手が主人公の二人の男性に愛されるヒロインとして物語の中に巻き込まれる形になっており、その意味でドリーム小説の構造を持った音声ドラマである。このドラマをヒロインとして聞いていると、自分がその物語の中で主人公の男性から話しかけられ、物語の中でそれに「応えている」と「夢見る」ことができるという。 *15

この最盛期には、二人が「ゆめいぷ」と呼ぶ役割ゲームが頻繁に行われている。「ゆめいぷ」とは二人が考えた skype 上でやるドリーム小説的な「疑似恋愛空間」なのだという。(中略)ドリーム小説と「ヤンデレ天国」に共通する構造は、先述したように、読み手(聞き手)の審級と、作中のフィクションとしてのキャラクターが、相互に乗り入れる点である。*16

 

構造としての「夢」の話だ。やはりここでも「夢」=「キャラクターとの恋愛関係」というイメージで扱われている。

 

ポピュラー音楽と女性ファン / 吉光正絵

hdl.handle.net

ポピュラー音楽研究で語られてきた「女性ファン像」の変遷とその要因について分析した論文。

日本でも女性ファンによるスラッシュ・フィクションは多数書かれてきた。日本ではグループサウンズの頃から、アイドルをモデルにした漫画や小説も公式、非公式で描かれてきた。また、ドリーム小説や夢小説と呼ばれる、登録者名を入力するとファンの名前とスターの名前で恋愛小説を作ってくれるサービスもインターネットでは人気のコンテンツとなっている。日本のファン・フィクションでは、同性、異性の恋愛ものも人気だが、スターやアイドルを先輩後輩や先生に置き換える学園ものや、同年代設定の男性同士を、父親、母親、子どもにした一つの家族を設定したやりとりを描く作品も人気である。*17

 

スラッシュ・フィクションの一種としての「夢小説」。最初に恋愛小説が例に挙げられているが、その他の関係性を描いた作品についても言及がある。

 

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「夢女子」とはなにか?ざっくり解説!
夢女子とは、読み手が自己投影しやすい主人公と、漫画やアニメのキャラクターの(主に)恋愛関係を描いた二次創作を楽しむ女性オタクのことを指す。「夢女(ゆめおんな/ゆめじょ)」と呼ばれることも。
男性キャラクター同士の関係性を楽しむ「腐女子」とは別の概念である(「夢女子」と「腐女子」を両方楽しむケースも多々ある)。
読み手自身が主人公視点となる物語の構造上、二次創作はマンガよりも小説のほうが主流。「夢小説」と呼ばれ、インターネット小説投稿サイトの浸透により、女性オタクの間で文化として定着したと考えられている。
 なお、実在するアイドル等にこの概念が使用する場合もあるが、本稿では主に二次元コンテンツの「夢」を取り上げた。*18

という「配慮」を感じる定義付けのもと三人の夢女子(うち二人は腐女子でもある)たちの対談を取り上げたもの。「性愛禁論」という特集なので恋愛夢を中心に扱ってはいるが、めちゃくちゃ丁寧。

A 「夢」の定義にはいろいろあるんですよ。「自分とキャラが恋愛する」だけではなく、「作中に存在しない自作のオリジナルキャラと既存キャラが恋愛する」ものもあります。

B 一対一の恋愛にならない「夢」もあります。キャラと友人関係になる「友情夢」や、最初は誤解から嫌われているんだけど、誤解が解ける「嫌われ夢」とか。

(中略)

――つまり、たとえばですが、私が『ONE PIECE』を読んで「麦わらの一味に入りたいな~」と思うのは……?」

B 一般的にはそう呼ばないかもしれませんが、「夢」概念をインストールしている立場からすると、「夢だな」と思います。

て、丁寧……!「夢概念」という言葉が出てくるの、信頼できる。それぞれのガチ恋相手の話以外にも、「夢」ジャンルとの出会いとその変遷などの話もされていて面白かった。刀剣乱舞と安室透はやっぱり転機だったんだなあ。

 

ユリイカ2020年9月号 特集=女オタクの現在――推しとわたし

ユリイカ2020年9月号についてはこちらのnote

がわかりやすいので詳しい説明は省略する。夢創作への言及は

  • 吉澤夏子「<私>の性的主体性 腐女子と夢女子」
  • 汀こるもの審神者なるものは過去へ飛ぶ それは歴史の繰り返し」
  • 青柳美帆子「オタク女子たちが『自重』してきたもの ネットマナー、半生、夢小説」

の三本です。

 

ゆめこうさつぶ!~庭球日誌~

私も通った夢創作内の一大ジャンル「テニスの王子様」の夢小説を題材に夢小説について考察した同人誌。2014年にweb再録されたので、無料で読めます。「腐女子と夢女子の立ち位置の相違」やユリイカの「<私>の性的主体性 腐女子と夢女子」でも文献として挙げられているもの。後日webサイト上に追加された補足ページ

からもわかるように、ここでは夢主=誰にでもなり得る誰か(キャラクター性を極力排除し、読み手が自己投影をしやすくした、いわゆるモブキャラに近い平凡・無個性夢主と呼ばれるタイプ)であると定義されている。ので個性の強い夢主や男夢主、無機物夢主を扱っている人の視点は全く含まれていない。

夢小説の読み手はおそらくほとんどが女性であるだろう。女性が夢小説を読むとき、名前変換対象を「誰にでもなりうる誰か」すなわち「誰にでもなりうるならば、私でもありうる」存在として認めるには、もちろんその存在が女性として登場してくるのでなくてはならない。
けれども女性の読み手にとっては、男主人公は異性であるがゆえに決して「私ではありえない」存在である。*19

このへんとかは同意できない。私はこういうタイプ

キャラクターに恋する私も、隣のクラスのあの子も、キャラクターに埋められる僕も、キャラクターカップルを観測する俺も。すでにこときれたアタシも、道行く猫もモブおじさんも無機物も、作者がそれを夢だと思って創作すればみんな夢主人公になり得るのだ。 だからキャラクターと付き合っても、殺しあっても、一緒に死体を埋めに行っても、街角ですれ違っても、週に一度カフェでやりとりしても、家族になっても、別れても、崇拝しても、村を焼かれても、広い世界の中で一度たりとも出会うことがなくても、それは夢になれる。

の夢者で、夢は限りなく自由であってほしいと思っているので……。ちなみに女審神者にまつわる2015年のこの対談

で「Pixivには名前変換がない」と言われてから5年!Pixiv(ブラウザ版)に単語変換機能が実装されたよ!やったね!(祝!2021/04/27よりアプリ版でも単語変換機能が使えるようになりました!

 

オトコのカラダはキモチいい / 二村ヒトシ金田淳子・岡田育

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正直この本について言及するかすごく迷った。何故ならここでの夢創作に関する言及が、おそらく下調べなしで語られたあまりにも偏見にまみれた雑なものだからだ。

金田腐女子の中にもいろいろな意見があると思うんですけど、「仲の良い男同士の間に女の自分が入りたい」と思っていない人が多いと思います。「かっこいいキャラとつきあいたい」って思うタイプの人たちはBLとは別に「ドリーム」と呼ばれる作品で楽しんでいますからね。もちろんそういう楽しみ方もありだと思うのですが、個人的には、良さがまったくわからなくて。「キャラクターのいる二次元に、三次元の自分は入らないでしょ!」と思ってしまう。それに、二次元かどうかにかかわらず、自分が入ると世界観が壊れてしまうじゃないですか。
二村:自分が入り込むと、その世界観が完結しなくなるってことですね?
金田:そうです。自分が入り込んでしまうことで、私が好きだったそのキャラと世界観が違うものになってしまう。(中略)まあそれ以前に、私はそのキャラを愛したいだけであって、そのキャラに愛されたいわけではないという気持ちもありますね。
岡田:私もドリームは苦手だなあ。自己評価が低いせいでしょうが……。もしも私が超絶イイ女だったら、と夢想する前に、貴様ごときがおこがましいわ!って自分に腹が立っちゃって、没入できない。

こんな話をしているのに、そのすぐあとに

金田:私が作中に入るんだったら、キャラを路地裏で待ち構えて、痒い所に手が届くような、至れり尽くせりの輪姦をする、モブのチンピラにはなりたいを常々思います。

と書かれていて「いや夢やんけ!!!」になった。(これは私の思想なので押しつける意図はありません)まあこの本自体が2015年に発行されたもので、著者の一人である岡田育さんも

 

昨年Twitterでこんな風に仰っているので(詳しくはTwitterに飛んでツリーを見てね)……。仕方がない……それにしても悲しい。BLも好きだからこそ、同じfanfictionの一種である夢創作についてよく調べずに商業レベルの出版物に載せられてしまうの悔しいよ~!

 

Practicing Shōjo in Japanese New Media and Cyberculture: Analyses of the Cell Phone Novel and Dream Novel (2019) / Kazumi Nagaike and Raymond Langley

doi.org

2000年代の技術革新とともにインターネット上で発展した新しいタイプの小説――携帯小説」と「夢小説」に着目し、サイバーカルチャーにおける「少女性」や「私」のアイデンティティ、そして「私たち」が属するコミュニティの特殊性についてまとめた論文。

携帯小説と夢小説に焦点を当てた論文、ありそうでなかったしこの二つが並べられることには納得する。何故ならこの二種類の小説には文化として重なっている部分があるし、ともにTwitterなどで「黒歴史ネタ」や「大喜利」として消費されがちなものだからだ。

私は個人サイトを立ち上げてからずっとPCでサイトを作成し管理してきたので、携帯サイトは全く触らずに今日まで来た。しかし様々な携帯電話向けのホームページ作成サービスが登場したことで、確実にこの世の夢創作の数は増加した。
例えばフォレストページやnanos、占いツクール。すでにサービスが終了しているがxiriaなんかも人気があった。

本論文内では、Dream Novelという夢小説専用投稿サイトの作品や読者からのコメントが引用されている。2013年には存在していたサイトらしいが、初めて知った……!サイトのキャッチコピーが

女の子は誰だってヒロイン……。

いつだって恋して夢を見ていたい……。

あなたの、ドリームノベルで叶えてみませんか?

 

 

なので、女主人公専用投稿サイトというか、「その夢叶えてしんぜよう」からの系譜を感じる。
2019年の論文内でこのサイトを「最大の夢小説投稿サイト」と記述してあるのはどうなんだろう?と思ったりもしたが、Pixivに名前変換機能が実装されたのが2020年になってからだから……まあ……。

 

この論文内では、夢小説についてこんな風に説明されている。

Dream novels are works mainly published on the web, in which readers may substitute their own names for that of a designated character. Before starting to read, the reader has the option, by means of cookies or JavaScript, to record a name of their choosing which will automatically be inserted as the name of one of the characters. This practice began around 2000. The term “main character” is used to refer to the designated character whose name can be replaced, even though this character may not be the actual protagonist of the dream novel. Presumably this so-called “main character” is selected as the candidate for name substitution because he or she or it readily serves as an entry by which the reader can identify with or transfer feelings into the story. The term “heroine” is also frequently used because these name substitutions allow the reader to make another, male character her love interest. *20

夢小説は主にウェブ上で公開されるもので、読者が自分の名前と作品内の特定のキャラクターの名前とを置き換えることができる。読み始める前にcookieJavascriptを使って自分の好きな名前を登録しておくと、小説内の登場人物の名前として自動的に挿入される仕組みになっている。これは2000年頃から始まった。名前を置き換えることができるキャラクターの呼び名として「(夢)主人公」という呼び名が使われているが、そのキャラクターはその物語における実際の主人公ではないこともある。おそらくこの「主人公」は、読者が物語に共感したり、感情移入したりするための入口になりやすいため、名前を代える候補として選ばれているのだろう。また、これらの仕組みを使って読者が別の男性キャラクターを恋愛対象にすることができるので、「ヒロイン」という言葉が使われることもある。

テクノロジー発展によって可能になった新しい物語について主として述べられているので、「夢小説の仕組み」や「それによってなにが可能になったか」についての言及が多い。上記の引用部分で男性キャラクターとのヘテロな恋愛を可能にするから「ヒロイン」と呼ばれることもあるよ~と書かれているが、この論文内では読者の性別を女子に限定していない(少女性がテーマなのにhim/herと書かれている。)

また「(夢)主人公」というアバターを用いることで社会的・肉体的制約から自由になることに触れ、これをイントロで例として挙げた草薙素子のように「肉体を失うこと・パソコンやタブレットなどの電脳世界と融合することを恐れなくなった」=「cybanetic shoujo(サイバネティック少女)」と言い表しているのも面白い。

有料論文なので、もっと詳しく知りたい人は買って読んでね。

 

まだ読めていなくて読みたいもの

Queer som doujinshi: En fallstudie av Yonezawa Yoshihiro Memorial Library / Watanabe, Yukをna

Liksom Kinesella (2000) problematiserar Tagawa (2009) att otaku i många fall
förknippas med manliga otaku och att det inte finns mycket forskning om kvinnliga otaku. Ueno (2007), en forskare inom feminism, uppskattar hur kvinnliga otaku med intresse av homoerotiska relationer mellan män kan identifiera sig med kategorin fujyoshi (腐女子). Tagawa (2009) likställer kvinnliga otaku med fujyoshi, men det ska påpekas att kvinnliga otaku inte är en homogen grupp. Yumejoshi (夢女子) syftar till exempel på kvinnliga otaku som drömmer om romantiska relationer mellan sig själva och manliga fiktiva figurer.

論文内に言及があるのは観測したが、デンマーク語が読めないので読めずにいる。"drömmer om romantiska relationer"だからキャラクターと恋愛関係を構築するものとして定義されてるっぽい。

 

キャラに恋するオタク女子――『銀魂』関連記事にみる自己肯定と承認欲

この明治学院大学長谷川ゼミ八期生卒業論文一覧ページにある「キャラに恋するオタク女子――『銀魂』関連記事にみる自己肯定と承認欲求」という卒業論文で「夢女子」と「腐女子」への言及があるらしい。

 

The Fanfiction Reader: Folk Tales for the Digital Age / Francesca Coppa

2017年に発行されたデジタル化時代におけるファンフィクション文化とその読者について書かれた書籍。

More recent fans talk of one shots (vs. serials) and have developed genres like the alpha/beta/omega (A/B/O) universe, where sexual roles have a biological basis and are adopted from the study of animal behaviors, or imagines, self-insert teen fantasies ("Imagine being friends with Catwoman and your father, Bruce Wayne, catches you while stealing jeweks from a rich family," "Imagine passing notes to Harry in class"). The point here is not to catalog all the various tropes and genres, which I couldn't possibly do anyway, but to argue that fanfiction is written within and for particular communities that have highly specific expectations for fiction, which can be seen in their elaborate vocablary and critical literature, which hans call meta. (P9, Introduction)

Google Booksで少し試し読みしてみたが、英語ファンダムにおける夢小説(と似た文化:x-readerやself-insert, original characterなどと呼ばれる)についていくつか言及されているのを見つけた。

While fandom has back-formed the labels "Gary Stu" or "Marty Stu" to describe a male self-insert, these terms haven't had the same chilling effect. Even today, some fans worry about having their original female characters labeled as Mary Sues, which is to say as unrealistic, poorly characterized fantasy figures. (P. 48 The FBI Agent's Tale)

これはスタートレックのファンダムに存在する「メアリー・スー」とその男性版の「ゲイリー・ステュー」や「マーティー・ステュー」の扱いの不均衡さについて触れた部分。ポップカルチャーファンダムにおける性差の話は世界共通なんだな~。

 

ひきこもりの青年期女性クライエントが社会とのつながりを形成するまで

doi.org

検索で引っかかってきたんだけどまだ読めていない。アブストに「クライエントが没頭していた架空世界」とあるので、その辺りで言及があるはず。

 

宝塚・やおい、愛の読み替えー女性とポピュラーカルチャーの社会学ー / 東園子

直接「夢創作」について言及はされていなさそうなのだけれど、文化として「夢創作」について言及するのであれば読んでおいたほうがいいかなと思っている。

 

おまけ:「外」から見た「夢」に関する資料になりそうなもの

同人用語の基礎知識:夢小説

メアリー・スーはデジタルな夢をみるか

夢小説の生誕とともにあったと言われるキャプテン翼全盛期を観測しておられた方のエッセイ。メアリー・スーに関しては、「最初にメアリー・スーという名前を生み出した」とされるポーラ・スミスさんのインタビューがここで読めるよ。

 

おわりに

去年から放置していたこの記事に手をつけたのは、2021年にもなってTwitterで「猿でもわかる同人マナー」のURLが回ってきたりmonokakiというメディアが2018年に投稿して軽く燃えた「君は知っているか、占いツクールという投稿サイトを」という記事を何故か全くアップデートしないまま投稿したのを見たからだ(2021年01月18日午後4時頃、その記事は非公開になった)。内容としては「夢小説文化の凄いところは、職場の女子たちの反応からもわかる通り、一定の年齢になると卒業し……」みたいな、「現在進行形で存在しているのにもかかわらず過去のものとして葬り去られネタにされる」いつものやつ。

まだ一月なのに……世界……どうして……?

これは昨日フォロワーさんが投稿したnote記事なのだけれど、ここで述べられているように夢創作はいまでもひっそりと隠されているものが多く、存在を過去のものにされがちだ。私は夢創作もBLも好き。だからこそすでにたくさん文化として論じられているBLのように、夢創作も文化として記録に残ってほしいと思っている(夢とBLは対立するものではないので本当はあまりこういう言いかたもしたくはない)。いま現在も夢創作は行われているし、個人サイトにもPixivにもその他の場所にもたくさんの作品が存在しているものだから。

(昨年起こった諸々に関する運営の対応的にnoteを使いたくはなかったのですが、他に使い勝手がいいものを見つけられていないのでとりあえずここに載せます)

 

他にオススメのものがあればコメントやここで教えて頂けると嬉しいです。

marshmallow-qa.com

 

 

*1:吉田・文屋 , p.62

*2:吉田・文屋 , p.65

*3:吉田・文屋 , p.72

*4:久保(川合), p. 40

*5:久保(川合), p. 46

*6:久保(川合), p. 44

*7:Strmel, p.6

*8:「自己投影」とはまた少し異なる概念だと思うのでとりあえず直訳で。

*9:Strmel, p.7

*10:Strmel, p.21

*11:Strmel, p.38

*12:田島綾乃, p.32

*13:田島綾乃, p.32

*14:成田, p.108

*15:成田, p.108

*16:成田, p.109

*17:吉光, p.272

*18:p. 57

*19:2.3: 男主人公は〈誰にでもなりうる誰か〉ではありえない

*20:P.118